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名古屋高等裁判所 事件番号不詳〔1〕 判決

主文

原判決を左の通り変更する。

控訴人は被控訴人に対し別紙目録記載の建物につき、金三万六千二十五円の対価を以て譲渡の意思表示をなすべし。

控訴人は被控訴人から右対価の支払をうくると引換に被控訴人に対し右建物の所有権移転登記手続をなし且これが引渡をなすべし。

被控訴人その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めなお本訴請求の趣旨を「控訴人は被控訴人に対し別紙目録記載の建物につき代金一万七千五百円を以て売渡の意思表示をなすべし。控訴人は被控訴人より右代金の支払をうくると引換に被控訴人に対し右建物の所有権移転登記手続をなし且これが引渡をなすべし。」と訂正した。

控訴代理人は当審において

(一)  被控訴人が戦時補償特別税を申告納入したのは昭和二十一年十一月二十五日であるからその日右税金が課せられたものと見るべくこれに先立つて昭和二十一年十一月二十一日になされた本件建物譲渡申出の意思表示は戦時補償特別措置法第六十条第一項の法意に反し無効である。なお同法第六十条第六項によれば譲渡申出期間は一般申告期限後三ケ月以内ということになつている。そして一般申告期限は同法施行規則第二十五条により昭和二十一年十二月十四日であるから、その日から三ケ月以内に譲渡申出をしなければならないのに被控訴人の譲渡申出はこれに先立つてなされているのであるから、この点からもその申出は無効である。

(二)  控訴人産業設備営団は昭和二十二年閣令大蔵省令外務省令商工省令運輸省令司法省令第一号を以て昭和二十一年十二月十八日閉鎖された。従て昭和二十年勅令第五四二号に基く外地銀行、外国銀行及特別戦時機関の閉鎖に関する省令(昭和二十年十月二十六日大蔵、外務、内務、司法省令第一号)第四条により控訴人の所有する建物につき譲渡を禁ぜられ且同令第八条で違反行為は無効とされた。右規定は昭和二十二年三月八日勅令第七十四号閉鎖機関令公布と共に廃止されたが右規定の趣旨は閉鎖機関令第四条により引きつがれた。すなわち同条には「何人も指定日以後は閉鎖機関の財産上の権利義務に変更を生ずべき行為をすることができない。前項の規定に違反してなした行為はこれを無効とする」と規定せられているから本件建物は閉鎖機関の財産でありその権利に変更を生ずるような行為は何人もこれをすることができない。右に違反してなした行為は無効であるばかりでなく同令第二十九条により処罰せられる。

(三)  閉鎖機関たる控訴人がその債務を弁済するには、閉鎖機関令第十一条により大蔵大臣の指示に従わなければならないのは既述の通りであつてその指示については昭和二十二年十一月十七日総理庁、大蔵、外務、商工、運輸、農林、厚生、司法各省令第四号以外に定めがなく、従て登記手続等の履行を求められても控訴人はこれに応ずることが出来ない。閉鎖機関令は昭和二十年勅令第五四二号ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く勅令であるから何人も遵守すべきものである。従て同令第十一条の規定は単なる内部準則に過ぎないという見解は当らないものである。

(四)  戦時補償特別措置法第六十条第七項によれば、被控訴人が控訴人から本件建物の譲渡をうけようとするときは昭和二十三年九月三十日迄に同条第三項の金額を控訴人に対し支払うべきであるのに被控訴人は同日迄になんら支払の措置を取つていないから本件建物譲渡請求権は消滅に帰したものである。

以上いずれの点からするも被控訴人の請求は失当である。

と附加陳述し

被控訴代理人は

控訴人が当審で附加した(一)の抗弁に対し次のように反駁した。

被控訴人が控訴人に対し本件建物譲渡の申出をした昭和二十一年十一月二十一日当時にはすでに戦時補償特別税を賦課されていたのであるからその税金を完納したのが同月二十五日であつたからとて右譲渡申出は不当でない。なお被控訴人は右租税完納後たる昭和二十二年二月六日本訴を提起し訴訟手続において控訴人に対し譲渡の請求をしているのみならず被控訴人は本訴提起後においても昭和二十二年三月一日閣令、大蔵省令、内務省令、商工省令第一号により名古屋財務局を経由して控訴人に対し本件建物譲渡の請求をなし、尽すべき手続を尽しているから控訴人の右抗弁は失当である。

また控訴人が当審で附加した(二)の抗弁に対し次のように反駁した。

控訴人援用の条文は自己に有利な部分だけを抽き出したに過ぎない。被控訴人が控訴人に対し本件建物譲渡の意思表示を求めひいてその登記手続を求めることは閉鎖機関令第四条第一項但書及び第十条第一項の規定などからいつて当然のことである。よつて控訴人の右抗弁も亦失当である。

以上の外当事者双方の事実上の陳述は原判決事実摘示の通りである。

(立証省略)

理由

本件建物は元被控訴人の所有であつたのを昭和十九年三月二十九日被控訴人はこれを代金五万円で控訴人に売渡し、当時その旨の移転登記手続を完了して以来引続を現在も、なお、控訴人がこれを所有していること、及び控訴人が戦時補償特別措置法にいわゆる特定機関にあたることは当事者間に争のないところである。

本件においては右売買の対価請求権が戦時補償特別措置法にいわゆる戦時補償請求権であるかどうかがまず判断されなければならない争点である。そこで真正に成立したと認められる甲第五号証及び成立に争のない甲第六、七号証並に原審本人訊問における被控訴人本人小川角三の供述を合せ考えると、前記売却代金の支払については右売買当日、企業整備資金措置法第五条の規定に則つて特殊決済の方法により被控訴人の帝国銀行四日市支店に対する特殊預金となつて決済がされたことを認めることができる。

控訴人は右対価請求権は控訴人の通常の業務に関して生じた請求権であるから戦時補償請求権ではないと抗弁するけれど これを認めるに足りる証拠はない。よつてこの抗弁は採用し得ない。

控訴人は本件建物の売買は企業整備とは全く無関係に行われたものであるから右売却代金の支払は特殊決済の方法によることを要しないに拘らず被控訴人又は取扱銀行において誤つて被控訴人の特殊預金としたに外ならない。従て右対価の請求権は戦時補償特別措置法の保護に値しないものであると主張する。しかし原審原告本人小川角三の供述により明なように被控訴人は本件建物を従前旅館兼料理屋として使用していたものであるが、その事業に属する設備(本件建物)を産業設備営団に対して売却したのであるから、他の者に売却した場合と異り、その売却が企業整備に関聯して行われたと否とを問はずその売却代金が前認定の通り金三万円以上である限り特殊決済の方法によつて決済されなければならないことは企業整備資金措置法第四条、第五条同法施行令第一条第二号の規定に照らして洵に明白である。控訴人の右主張は採るに足らぬ。

以上みたところによつて右対価の請求権が戦時補償請求権に当たるものであることは疑を容れないのであつて右認定を左右するに足る証拠は現われていない。

被控訴人が右対価の請求権につき金三万二千五百円の戦時補償特別税を賦課されてこれを昭和二十一年十一月二十五日完納したことは前記甲第六、七号証により認めうるところでありかつ控訴人が戦時補償特別措置法施行の際(昭和二十一年十月三十日)現に本件建物を所有していること前段認定の通りであり、また被控訴人は昭和二十一年十一月二十一日付書面で控訴人に対し本件建物につき譲渡の申出をしたことは当事者間に争のないところである。

控訴人は被控訴人が戦時補償特別税を納入したのは右譲渡の申出後であるから、この申出は右特別税を課せられないときの申出だということになり無効であると抗弁するから、考えてみるに、前記戦時補償特別税の賦課通告が右譲渡申出の日より以前である旨の被控訴人の主張は、控訴人の明に争はないところであるから、控訴人の自白したものとみなすべく、すでにこの事実ある以上、戦時補償特別措置法第六十条第一項に「戦時補償特別税を課せられたとき」という要件をみたすものと解するを相当とする。もし、控訴人主張のように右税金の賦課とは完納を意味すると解するならば、同条第七項の、一定の期間内に譲渡の申出をした者は右税金を昭和二十三年九月三十日までに納付せよという趣旨の規定とつじつまが合わなくなるではないか。控訴人主張の不当なことは論をまたない。

また同条第六項は事の処理決済をなるべくはやくする趣旨でおいた規定と解すべきであるから、そこに定められる譲渡の申出期限は終期のみを定めたものと解するを相当とし、その譲渡の申出は一般申告期限(昭和二十一年十二月十四日)以後になされなければならないという趣旨に解することはできない。従て前記昭和二十一年十一月二十一日付でなされた譲渡申出は適法であつて無効ではない。

次に控訴人は閉鎖機関令第四条第一項本文及び第二項をたてにとつて本件請求はゆるされないと争ふけれども、控訴人が本件建物を被控訴人に譲渡する意思表示をなしかつその登記を移転しこれが引渡をすることは、前説示のごとく昭和二十一年十一月二十一日の被控訴人から産業設備営団に対する譲受け申込に原因するものであつて、同令第十条第一項にあてはまるから、閉鎖機関たる控訴人の特殊清算人の職務の執行に係る行為に当り、同令第四条但書の規定により許された行為といわねばならない。従て控訴人がこれらの行為をすることは何等無効ではないから控訴人のこの抗弁も採用しがたい。

さらに、控訴人は同令第十一条を援用して、本件請求に応じがたい旨抗弁するけれども、同条はその条文全体からみて金銭債務のみに関する規定であると解するを妥当とする。従つて前記本件建物譲渡の意思表示、登記の移転、明渡の行為については同条の適用がなく大蔵大臣の指示などいうことは問題とならないと言わねばならない。控訴人のこの抗弁もまた失当たるを免れない。

次に、控訴人は被控訴人において昭和二十三年九月三十日までに戦時補償特別措置法第六十条第三項の金額の支払について何等の措置を取つていないから本件建物譲渡請求権は消滅したと主張する。しかし同条第七項は戦時補償特別税額を昭和二十三年九月三十日までに納付することを要するという趣旨の規定であつて同条第三項及び第四項の金額まで同日までに支払わなければならないという趣旨でないことはほとんど自明の理である。このことは、同条第四項の有益費の有無金額を譲渡申出者において予め知ることは必ずしも容易でないこと、経験則に照して明かであることからみても当然である。従て被控訴人が戦時補償特別税を昭和二十一年十一月二十五日に納付したこと前に説明した通りである以上昭和二十三年九月三十日までに同条第三項及び第四項の金額を控訴人に支払つていないからとて本件建物譲渡請求権が消滅するいわれはない。

けれども控訴人が本件建物につき金一万八千五百二十五円の有益費を出したことは当事者間に争のないところであるから被控訴人はこれを同条第三項の金額(一万七千五百円)に加算して控訴人に支払わなければ本件建物の譲渡をうけることができないことは同条第七項の規定から明白である。よつて控訴人は被控訴人に対し、右合計金三万六千二十五円の対価を以て本件建物譲渡の意思表示をなすべき義務があるといわねばならない。そして本判決の確定をまつて被控訴人と控訴人間に右譲渡が成立するわけであるからそうなつた上は控訴人は被控訴人に対し右対価の支払をうけると引換に本件建物の所有権移転登記手続をなしかつこれが引渡をなすべき義務があること勿論であり、控訴人が以上説示したように被控訴人の請求を争うている以上被控訴人において予めその請求をする必要があるものというべく、かつまたこのことは訴訟経済に適する所以でもあるから、被控訴人の本訴請求は右の限度においてすべて正当として認容すべきであつて、その余の請求は失当として棄却すべく本件控訴は結局理由がない。しかし被控訴人は当審において請求の趣旨を冒頭掲記のとおり訂正したからその範囲において原判決を主文のように変更すべきである。

よつて民事訴訟法第九十六条第八十九条第九十二条を適用して主文の通り判決する。(昭和二四年八月一八日名古屋高等裁判所民事部)

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